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刺青

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   近年、「刺青があって何が悪い」という主張をめぐって論争に及ぶことがあるらしい。  かつて、刺青は犯罪者の証であった。一方で、鮮やかな絵柄の刺青をほどこし、彫り物と称して、男伊達を誇る習俗も生まれた。  むかし幼い頃、亡き母に「決して刺青の(ある)人を見てはいけない」とたしなめられたことがある。なぜ母にいわれたかといえば、銭湯の男湯で見事な彫り物の主を見かけて、興奮のあまり、人前を憚らずに報告してしまったからである。母はさぞや慌てたに違いない。1960年代の終りごろだったかと思う。身近では、やくざ同士の抗争で市民が巻き込まれることもあるような地域だったから、そのときの緊張感がいまでも蘇ってくる。  ほんの数十年前まで、この国では闇社会の住人であることをほのめかし、まわりを威嚇するために、刺青を誇示することが現に行われていたし、通用もした。その地域に暮らす人たちにとっては、日常に染み込んだ恐怖の象徴でもあり、それらの記憶を実体験としてもつ人びとには刃物をちらつかされることにも等しい。ちょっとしたオシャレの一言で消し去れるような記憶ではないのだ。  現代の日本では、刺青を入れることも個人の自由であることは論をまたない。地域による差も大きいから、ひとの反応も様々だろう。それでもなお、おのれの刺青がまわりの人びとを大いに威嚇し、他人を恐怖させるかもしれないという想像力だけはもっていた方がいいと思う。