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刺青

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   近年、「刺青があって何が悪い」という主張をめぐって論争に及ぶことがあるらしい。  かつて、刺青は犯罪者の証であった。一方で、鮮やかな絵柄の刺青をほどこし、彫り物と称して、男伊達を誇る習俗も生まれた。  むかし幼い頃、亡き母に「決して刺青の(ある)人を見てはいけない」とたしなめられたことがある。なぜ母にいわれたかといえば、銭湯の男湯で見事な彫り物の主を見かけて、興奮のあまり、人前を憚らずに報告してしまったからである。母はさぞや慌てたに違いない。1960年代の終りごろだったかと思う。身近では、やくざ同士の抗争で市民が巻き込まれることもあるような地域だったから、そのときの緊張感がいまでも蘇ってくる。  ほんの数十年前まで、この国では闇社会の住人であることをほのめかし、まわりを威嚇するために、刺青を誇示することが現に行われていたし、通用もした。その地域に暮らす人たちにとっては、日常に染み込んだ恐怖の象徴でもあり、それらの記憶を実体験としてもつ人びとには刃物をちらつかされることにも等しい。ちょっとしたオシャレの一言で消し去れるような記憶ではないのだ。  現代の日本では、刺青を入れることも個人の自由であることは論をまたない。地域による差も大きいから、ひとの反応も様々だろう。それでもなお、おのれの刺青がまわりの人びとを大いに威嚇し、他人を恐怖させるかもしれないという想像力だけはもっていた方がいいと思う。

やさしい21世紀の若者たち

  管理主義的なニフティサーブではなく、無法地帯と呼ばれていたPC-VANの住民であることが誇らしく(笑)感じられたあの頃、  偽悪的な振る舞いをすることが大人のたしなみだと信じていたあの頃、  べっこあめや、リムネットが光り輝いて見えたあの頃、  あやしいわーるどの蠱惑的な世界をのぞくことで世の中の本当の姿を垣間見ることができると思っていたあの頃、  2ちゃんねるなんてまだなくて、あめぞうがまだ息をしていたあの頃、  そんな頃でも、草の根ネットはすでに伝説の彼方にあった。  一度、草の根の世界にはまってみたかったなぁ…。  そんな時代に戻りたいとふと思ってしまう旧人類にとって、21世紀を生き延びることは本当に容易ではない。  20世紀のバブルを見てきた私からすると、21世紀の若者たちはみんな優しくて、清く正しく美しい。まぶしすぎるほどに。  同じ人類なんだろうかと疑ってしまうほどにまぶしい…。  そういえば、我孫子にお住まいだったアンギラスさんはお元気だろうか…

箱根駅伝:もう一つの試練(ドラマ)

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   箱根駅伝に関して、青山学院大の神林主将を襲った悲劇をめぐる一連のエピソードが話題になっている。早大競争部とは何の関りもないので、詳しい事情は知らないが、早稲田でも同じようなトラブルが往路の大ブレーキに繋がっていたようでもあり、彼らの懸命な努力と心情に敬意を表し、心からお疲れ様と言っておきたい。  とりわけ、大学最後の箱根を走れなかった吉田主将と、初めての箱根駅伝で、大きなプレッシャーと戦いながら山に挑み、その魔物に吞み込まれてしまった一年生の諸富くん。二人の無念と絶望はいかばかりであったろうかと思うと、心が痛くなる。  人生に降りかかる災難は人それぞれだけれども、今回の苦難に立ち向かった経験は、二人が今後の人生を歩んで行く上で大きな糧になるだろうと思います。今回の事に挫けることなく、堂々と前を見て、これからも突き進んでください。本当にお疲れさまでした。 (photo by すしぱく ) (2021.1.4公開)

箱根駅伝2021

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   明日は年に一度の 箱根駅伝 だ。二年前(2018年12月)に倒れて以来、初めて自宅で観戦する箱根駅伝でもあるから、感慨深くもある。  昨年は、施設からのテレビ観戦だったが、シード落ちもやむなしの状況から何とか盛り返し、シード権を確保した母校は、今年は優勝をも伺いうる好調ぶりだというから、本当に楽しみでならない。  箱根駅伝のテレビ中継は、ずっと昔からあったものだと思っていたら、1987年に始まったのだという。しかも、 日刊スポーツの記事 によれば、当時の箱根駅伝はコース変更もしくは大会中止を迫られ、存続の危機に瀕していたという。それがテレビ中継によって、学生ランナー一人ひとりの懸命な走りと人生のドラマがお茶の間に届けられるようになり、人々を感動させ、心を動かし、皆に元気を与え、世の中に大きな影響を及ぼしうるようになったことで、大会存続の危機も消え去り、箱根駅伝それ自体の襷もつながれた。いまや箱根駅伝の観戦は新春恒例の年中行事の一つにもなりつつある。 箱根の区間配置予想(早稲田) 往路:井川くん⇒太田くん⇒中谷くん⇒鈴木くん⇒諸富くん or 吉田くん 復路:北村くん⇒半澤くん⇒千明くん⇒山口くん⇒宍倉くん ※千明くんの覚醒に期待!! (photo by クマキチ ) (2021.1.1公開)

手賀沼公園

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 9月4日にガイドヘルパーさんと手賀沼公園に行ったので、そのときの写真を4枚だけ。  鳥のことにはまるで疎いのだけれど、 こちらの サイト によれば、どうやらチュウサギらしい。凛とした風情があり、美しい立ち姿に、ふだんは野鳥を愛でるような習慣のない私はすっかり感動してしまった。手賀沼にはこんなにも美しい水鳥がたくさんいるんですね。  こちらは以前の記事にも載せたものだけど、我孫子の「市の鳥」にして、手賀沼のアイドル・オオバン。  ずんぐりむっくりした愛らしい姿に癒されます。  こんなに近づいても、まるで動じる気配もなく、でんと構えている。白鳥というと、優しげで、儚げな印象があったのだけど、こんなに堂々とした鳥だったんですね。ちょっと意外でした。  だけど、こんなにも人に慣れてしまって大丈夫なんだろうか。少し心配になります。  昨年の7月12日まで五か月ほどを過ごしたKリハビリ病院で、言語聴覚士のSさんによく車いすを押してもらっての散歩の途中に、西門を出たあたりから手賀沼を眺めるのが好きだった。そのころによく眺めていた対岸の辺りから、逆にKリハビリ病院を遠くに眺める。 (2020.10.17公開)

月より団子か、はたまた酒か:10/1(旧暦8月15日)

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 去る十月朔日は旧暦の八月十五日。すなわち中秋の名月。  ありし日の江戸の有り様を嘉永二年生まれの、水道の水にて産湯を使いし、我らが江戸っ子・蘆の葉散人翁に語っていただきましょう。  さて、盆提灯に毎夕火を点し終えるや、日脚も短く、朝夕に冷気が加わり、清風が夜を永くいたします。この時分は弥陀詣でに、札所の観音参りと、老爺老媼も野外に杖を曳く、一年の中で最たる好季の誘うところでございましょう。八月十五日といえば満月だからと、江戸中が武家・寺社の区別もなく、職人も商人もみな一様に団子づくりに励みます。団子の大きさは、直径が三寸五分ぐらいから、小さいものは二寸余といたします。柿・栗・里芋・枝豆・葡萄を添えて、三方盆に堆く盛り上げ、ススキや秋の草花を花入に挿して、月に供えます。三方盆と花入を座敷の縁先、或いは屋上の物干し台に飾って、文人墨客は十五夜の晴曇が分からないからと、十四日の夜には月見の宴を開き、詩歌連俳を楽しみます。  昨十四日から八幡宮も祭礼でございます。深川の富ヶ岡八幡宮はとりわけ賑わい、楽車・屋台・練物などが出れば、その他の江戸近在に至るまで八幡宮の社がある所は神楽囃子に手踊り等の催しがございます。当日は神輿の渡御もあり、芝田町 西久保八幡宮 は産子が町中で醸造した甘酒を来客に振る舞い、もてなします。  ところで、くだんの月見団子、前日に臼で粉を挽き、あらかじめ団子の粉をつくっておいて、十五日の早朝から家族総出でつくるのを吉祥としたり、月に供える団子のほかに、小団子をつくって、一人十五個ずつに柿栗等を添えて配ったり、家族の多い家では大量につくるため、大勢の手伝いで台所があふれかえり、ずいぶん大騒ぎしたりするのも、相も変わらない家例として、おめでたいことでございました。大江戸の繁盛、また今日では江戸府にもっとも多く祭られている八幡宮の祭礼で、遠くは神楽太鼓の音が響き、近くは幟の見える所がここかしこにあって、賑やかなことでございました。 ※なお、「散人翁の風俗往来」のラベルがついた記事は、蘆の葉散人翁こと菊池貴一郎(後の四代目歌川広重)が著した『江戸府内絵本風俗往来』(明治38年12月25日発行)の内容を一部紹介するものです。 (画:蘆の葉散人翁こと菊池貴一郎〈後の四代目歌川広重〉) (photo by すしぱく ) (2020.10.10公開)

正代関の初優勝

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 大相撲九月場所は正代の初優勝で幕を閉じた。  土俵際をかろうじて残し、跳猿を突き落として勝った後、カチンコチンの、まるでロボットのような足取りで戻っていく様はどこかおかしみもあり、微笑ましくもあって、初場所の徳勝龍や、先場所の照ノ富士のときとはまた少し違った味わいのあるハッピーエンドだったように思う。  負けて悔しい跳猿にせよ、千秋楽の結びの大一番で、新入幕の小兵(?)力士が優勝を賭けて、本命の大型力士を果敢に攻め、土俵際まで追い詰めたのだから、大いに男を上げた。割と誰もが幸福になれる展開も大相撲ならではの舞台があってこそといえるかもしれない。  解説の北の富士さんが「今後、(正代の)腰高のことを云々する人もいるだろうが、あの柏戸も腰高だった。腰高がなかったら、柏戸の速攻相撲もなかった。正代の腰高もあれがあるからこその速さ強さなのだから、正代らしさを失うことはない」といった趣旨のことを話していたのが印象的だった。  相撲はまるで疎いので、速くて強い正代のスタイルに欠陥があるようには見えないのだけれど、その道の玄人からみれば、玄人ならではの経験から、何らかの危うさ、脆さの如きものが見えていたりするのだろう。  次は十一月。本来の九州場所もまた東京開催となるらしい。今度は綱とりをめざす、大関・正代の雄姿を見るのが待ち遠しい。地元(とはいっても隣の市だけど…)の星・隆の勝、琴勝峰の両力士にも更なる飛躍を期待したい。  そういえば、先日、手賀沼でオオバンを撮ってきましたので、載せておきます。 (2020.9.29公開)