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手賀沼公園

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 9月4日にガイドヘルパーさんと手賀沼公園に行ったので、そのときの写真を4枚だけ。  鳥のことにはまるで疎いのだけれど、 こちらの サイト によれば、どうやらチュウサギらしい。凛とした風情があり、美しい立ち姿に、ふだんは野鳥を愛でるような習慣のない私はすっかり感動してしまった。手賀沼にはこんなにも美しい水鳥がたくさんいるんですね。  こちらは以前の記事にも載せたものだけど、我孫子の「市の鳥」にして、手賀沼のアイドル・オオバン。  ずんぐりむっくりした愛らしい姿に癒されます。  こんなに近づいても、まるで動じる気配もなく、でんと構えている。白鳥というと、優しげで、儚げな印象があったのだけど、こんなに堂々とした鳥だったんですね。ちょっと意外でした。  だけど、こんなにも人に慣れてしまって大丈夫なんだろうか。少し心配になります。  昨年の7月12日まで五か月ほどを過ごしたKリハビリ病院で、言語聴覚士のSさんによく車いすを押してもらっての散歩の途中に、西門を出たあたりから手賀沼を眺めるのが好きだった。そのころによく眺めていた対岸の辺りから、逆にKリハビリ病院を遠くに眺める。 (2020.10.17公開)

月より団子か、はたまた酒か:10/1(旧暦8月15日)

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 去る十月朔日は旧暦の八月十五日。すなわち中秋の名月。  ありし日の江戸の有り様を嘉永二年生まれの、水道の水にて産湯を使いし、我らが江戸っ子・蘆の葉散人翁に語っていただきましょう。  さて、盆提灯に毎夕火を点し終えるや、日脚も短く、朝夕に冷気が加わり、清風が夜を永くいたします。この時分は弥陀詣でに、札所の観音参りと、老爺老媼も野外に杖を曳く、一年の中で最たる好季の誘うところでございましょう。八月十五日といえば満月だからと、江戸中が武家・寺社の区別もなく、職人も商人もみな一様に団子づくりに励みます。団子の大きさは、直径が三寸五分ぐらいから、小さいものは二寸余といたします。柿・栗・里芋・枝豆・葡萄を添えて、三方盆に堆く盛り上げ、ススキや秋の草花を花入に挿して、月に供えます。三方盆と花入を座敷の縁先、或いは屋上の物干し台に飾って、文人墨客は十五夜の晴曇が分からないからと、十四日の夜には月見の宴を開き、詩歌連俳を楽しみます。  昨十四日から八幡宮も祭礼でございます。深川の富ヶ岡八幡宮はとりわけ賑わい、楽車・屋台・練物などが出れば、その他の江戸近在に至るまで八幡宮の社がある所は神楽囃子に手踊り等の催しがございます。当日は神輿の渡御もあり、芝田町 西久保八幡宮 は産子が町中で醸造した甘酒を来客に振る舞い、もてなします。  ところで、くだんの月見団子、前日に臼で粉を挽き、あらかじめ団子の粉をつくっておいて、十五日の早朝から家族総出でつくるのを吉祥としたり、月に供える団子のほかに、小団子をつくって、一人十五個ずつに柿栗等を添えて配ったり、家族の多い家では大量につくるため、大勢の手伝いで台所があふれかえり、ずいぶん大騒ぎしたりするのも、相も変わらない家例として、おめでたいことでございました。大江戸の繁盛、また今日では江戸府にもっとも多く祭られている八幡宮の祭礼で、遠くは神楽太鼓の音が響き、近くは幟の見える所がここかしこにあって、賑やかなことでございました。 ※なお、「散人翁の風俗往来」のラベルがついた記事は、蘆の葉散人翁こと菊池貴一郎(後の四代目歌川広重)が著した『江戸府内絵本風俗往来』(明治38年12月25日発行)の内容を一部紹介するものです。 (画:蘆の葉散人翁こと菊池貴一郎〈後の四代目歌川広重〉) (photo by すしぱく ) (2020.10.10公開)

正代関の初優勝

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 大相撲九月場所は正代の初優勝で幕を閉じた。  土俵際をかろうじて残し、跳猿を突き落として勝った後、カチンコチンの、まるでロボットのような足取りで戻っていく様はどこかおかしみもあり、微笑ましくもあって、初場所の徳勝龍や、先場所の照ノ富士のときとはまた少し違った味わいのあるハッピーエンドだったように思う。  負けて悔しい跳猿にせよ、千秋楽の結びの大一番で、新入幕の小兵(?)力士が優勝を賭けて、本命の大型力士を果敢に攻め、土俵際まで追い詰めたのだから、大いに男を上げた。割と誰もが幸福になれる展開も大相撲ならではの舞台があってこそといえるかもしれない。  解説の北の富士さんが「今後、(正代の)腰高のことを云々する人もいるだろうが、あの柏戸も腰高だった。腰高がなかったら、柏戸の速攻相撲もなかった。正代の腰高もあれがあるからこその速さ強さなのだから、正代らしさを失うことはない」といった趣旨のことを話していたのが印象的だった。  相撲はまるで疎いので、速くて強い正代のスタイルに欠陥があるようには見えないのだけれど、その道の玄人からみれば、玄人ならではの経験から、何らかの危うさ、脆さの如きものが見えていたりするのだろう。  次は十一月。本来の九州場所もまた東京開催となるらしい。今度は綱とりをめざす、大関・正代の雄姿を見るのが待ち遠しい。地元(とはいっても隣の市だけど…)の星・隆の勝、琴勝峰の両力士にも更なる飛躍を期待したい。  そういえば、先日、手賀沼でオオバンを撮ってきましたので、載せておきます。 (2020.9.29公開)

物語と地図:Google マップで聖地巡礼?

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 子どもの頃から地図が好きだった。買ってもらった物語に地図がついていると、それだけで胸が高鳴った。とりわけ手描きの、物語の主人公たちが冒険の足跡を自ら描き込んでいったような地図が大好きで、その出来栄え如何では、幾晩も幸福な時間を過ごすことができた。じぶんでは、ちょっと変わった好みだなとは思っていたが、存外に同好の士は多いようだ。  大人になってからも、地図好みは変わらない。『 江戸切絵図 』なんかでも、半日眺めていても飽きることはない。想像の翼は疲れを知らず、気分はすっかり江戸っ子になりきっている。『 江戸買物独案内 』なんぞを繰りながら、江戸バーチャル・ウィンドウ・ショッピングを楽しんでみるのも一興だ。古地図が売れるのも無理はない。  海外へ行くなら、何をおいても真っ先に行ってみたいと思っていたのが、イングランド北部の湖沼地帯にあるウィンダミア湖だ。ランサムサーガの主要な舞台となった、いわゆる聖地というやつだ。  じつはウィンダミア瑚よりも、その隣にあるコニストン湖の方が舞台のモデルというにはよりふさわしいことを後年知ることになるのだけれど、訳者あと書きにそうあったので、コニストン瑚のことは長年知らなかった。ともかく、海外でどこへ一番行きたいかを問われると、必ず「ウィンダミア瑚」と答え、それを誰も知らないことにずっと失望し続けてきた。  『 ツバメ号とアマゾン号 』に初めて出会ったのは確か小学四年生の頃で、母が友人からアーサー・ランサム全集12巻を一揃いで譲り受けて来たのだ。その日から、冒険と眠れない夜が始まり、私はその興奮を誰かに話したくて仕方なかったけれど、残念ながらランサムサーガを知り、その冒険と興奮を共有できる友だちが現れることはついになかった。  訳者のほかにも、日本人のランサマイトがいることを知ったのは、21世紀に入ってまだ間もない頃のことだったと思う。サーガへの愛情溢れんばかりのウェブサイトを見つけ、日本にもランサムを知り、愛するひとがいたことに、いたく感動したことを覚えている。あれほどサーガのことを語り合える友人との出会いを熱望し、恋焦がれるような思いを抱いていたにも関わらず、結局のところ、じぶん以外にもランサマイトが日本にいたという事実に満足して、特に誰とも交流することはなく、今日もいまだに孤独なランサマイトのままなのであった。  地図を眺めるこ

ツツジとケヤキの町

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 私が住んでいる市の花と木はタイトルのとおり、ツツジとケヤキなんだそうな。まるで他人事のような言い方になってしまうのは自治体のシンボルとしてはありふれていて、あまり愛着がわかないせいだろうか。それとも、この町に移り住んでからまだ年月が浅いからだろうか(それでも、もう20年以上経っていることに驚き!)  ツツジといえば、私が卒業した小学校は「つつじが丘」という学校名そのままの町にあったし、ツツジには何かと縁がありそうな気もする。Kリハビリ病院に入院中は言語聴覚士のSさんに車いすを押してもらって、敷地内を散歩するのが唯一の楽しみで、桜にツツジ、紫陽花など、季節の移ろいを楽しみつつ、入院の日々を過ごせたことは何よりの癒しになった。  この町に来て、初めて手賀沼のほとりを散策したころは、日本一汚い湖沼の名のとおり、生活排水の流入など、見るも無残な姿だったけれども、そのころから水質改善の取り組みも少しずつ実を結びはじめたようで、今ではずいぶんきれいになったように思う。  それでも地元で生まれ育った人たちにとっては、かって「北の鎌倉」と呼ばれるほどに美しい別荘地で、白樺派の文人たちが好んで移り住み、正月には氷の張った手賀沼で富士山を眺めながらスケートに興じたという、その誇らしい記憶からはほど遠いものなのかもしれない。  それはともかく、Kリハビリ病院での散歩は途中、西門?を出たあたりから手賀沼を眺めるのがとても好きだった。そこから手賀沼までは2,300mほどの距離があって、そのあいだの田んぼには白鳥だかサギだかもいるのだけれど、よほど人に慣れているのか、遊歩道を行く人と近づいても殊更に警戒したり、逃げたりする様子は見られない。  手賀沼周辺には、他にもいろんな水鳥がいて、オオバンもその一つ。ずんぐりむっくりした愛嬌ある姿にすっかり魅了されてしまったのだけど、じつは市の鳥にもなっているらしい。手賀沼のアイドルだったのだ。そんなわけで、鳥のことなんて何も知らないのだけれど、勝手にブログタイトルに名前を拝借してしまった。  対岸には桟橋があって、たくさんのボートが係留されているようだ。まれにヨットも見かける。ぼんやり眺めていると、落ち着いた心持ちになって、似ても似つかないのはわかっていても、ランサムサーガの舞台となったイングランド北部の湖水地方を妄想してしまう(手賀沼は手賀沼で素敵な